聖徳太子

こんばんは。

そういえば、このブログのテーマでもある聖徳太子(しょうとく・たいし)について全く触れていませんでした。

聖徳太子という名前が、文献(ぶん・けん)出てくるのは、亡くなってからずいぶん後になってからだそうです。

厩戸皇子(うま・やどの・おお・きみ)や、上宮王(じょう・ぐう・おう)などを、よく耳にされると思います。

本当の名前はどうだったのか!?という点も気になりますが、今日考えたいのは、「聖」(ひじり)という字です。

他にも、聖武天皇(しょうむ・てんのう)にも「聖」の字が使われています。

では、「聖」にはどういう意味があるのでしょうか。

聖徳太子は、多くの人の話を一度に聞けたと言われています。(十人とか、八人とか)

「聖」の字をよく見て下さい...

「耳」と「口」と「壬」(てい)で、出来ています。

つまり、「聖」には、よく人の話を聞ける「耳」と、人を理解させる「口」が備わっています。「壬」(てい)は、「人がつま先立ちするすがた」だそうです。

聖徳太子が多くの人の話を一度に理解出来るという伝説と何か関係があるのかもしれませんね。

ちなみに、ブッダの言葉は、すべての人が理解出来たそうです。つまり、インド人には、インドの言葉に聞こえ。日本人は日本語に聞こえたそうです。

そんなのあるわけ無いよ〜、と思いますが、ブッダの言葉がいろいろな言葉、例えば、チベット語やモンゴル語、そして漢語(中国語)に翻訳され、われわれが理解出来ているのは、必ずしも「嘘」ではありません。私たちは、理解しています。

私は、妻に「いつも人の話をきいていない」と言われます。

私には、一人の話を聞く能力もないようです。「聖」にはほど遠いですね(笑)

では、また。

 

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