『台宗課誦』 お経 天台宗

台宗課誦2 奥書

こんばんは。

 

京都、一日雨でした。

 

昨日ご紹介した天台宗のお経本である『台宗課誦』、今日は奥書(おくがき)を見てみましょう。

 

「奥書」とは、書物の最後にあって、なぜこの本を書いたかとか、いつ書いたかとか、誰が書いたとか、本の「あとがき」のように、最後に言いたいことや、情報をまとめたものです。

 

私の『台宗課誦』最後のページの奥書(おくがき)を見てみると、

「この台宗課誦は宗祖伝教大師 比叡山開創一千二百年を記念して改訂されたものである 延暦寺学問所 昭和六十年七月」

とありますから、

「この『天台宗の者が日課してとなえるお経文』(『台宗課誦』)は、日本の天台宗創始者である伝教大師が、比叡山を開いてから、1,200年のふしめ(節目)を記念して改訂出版したものです。」 

みなさんには、見慣れない単語がたくさんあると思います。

 

まず、「宗祖」(しゅうそ)の「宗」は天台宗を指します。「祖」は、漢字辞典をみると、「はじめ」という意味がありますから、「天台宗を始めた人」という意味です。「先祖」という言葉がありますね。これもそのお家の「先の人」とか、「はじめた人」という意味になるでしょう。

 

次に、伝教大師」(でんぎょう・だいし)ですが、これは、最澄(さいちょう)のことで、「伝教」は「教えを伝えた」、つまり、天台宗教えや、仏教の教え伝えたという意味です。「大師」は、朝廷からりっぱなお坊さんに送られた称号(しょうごう)で、「大先生!」という意味です。めったにもらえません!弘法大師(こうぼう・だいし)が有名ですね。

 

比叡山」(ひえいざん)は、滋賀県にある山の名前で、天台宗の総本山(中心)です。世界遺産に登録されましたので、ぜひ!

 

「一千二百年」については、この本が発行されたのが、「昭和六十年七月」(1985年)ですから、1985年から1,200年を引くと、785年(延暦四年)となります。

と、言うことは、785年から計算して、1,200年後の記念として、昭和60年(1985年)に発行されたこととなります。

785年の元号(今の元号は、令和ですね)は「延暦」(えんりゃく)で、天台宗延暦寺」(えんりゃくじ)という名前のもととなりました。伝記によると、823年に比叡山寺から、延暦寺に名前が変更されたようです。この年は、最澄が亡くってから一年後のことです。ちなみに、比叡山に行かれて「延暦寺どこ?」と聞かれても、そのような名前のお寺はありません。前の名前が比叡山寺であったように、延暦寺は、比叡山そのものを指して「延暦寺」と呼びます。

 

また、「比叡山を開いてから」(比叡山開創)とありますが、この785年は、最澄比叡山で修行を始めた年です。最澄が、比叡山を切り開いて、お寺を建てた年ではありません。さらに、古い記録によれば、当時比叡山はすでに修行の場であったそうです。

 

奥書だけでも、いろいろ勉強になりますね。

では、また。

 

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