ブッダの生涯 仏教

ブッダ物語1  十六国

こんばんは。今日から少しずつ、ブッダの生涯を書いていきたいと思います。

紀元前6世紀、現在のインドとネパールの国境に近いヒマラヤのふもとに、シャーキャ(Śākya)族という王族が治める小さな王国がありました。

ブッダはその国の王子として生まれます。

その都は、カピラヴァストゥ(Kapilavastu)と呼ばれ、
この国の西にはコーサラ(Kosala)国があり、さらに南にはマガダ(Magadha)国という大きな国がありました。

現在のインドのビハール州、ラージギルという地方のあたりです。
また、東には、コーリヤ(Koliya)国があり、シャーキャ族の王でありブッダの父であるスッドーダナ(Śuddhodana)の妃、マーヤー(Māyā)王妃は、このコーリヤ国から嫁いできた人でした。

当時のインドは大きいものから小さいものまでさまざまな都市があったそうです。やがて、長い歴史のなかで、主に十六の国があったことが定型化されてきました。

ブッダがいつ生まれて、いつ亡くなったかは、いまだ不明です。

一般には紀元前560–480年頃と言われています。しかし、日本では中国の内陸部をわたって伝わった伝承(北伝・「ほくでん」といいます)にしたがって、約1世紀遅らせる紀元前463–383年頃の説が有力です。
スリランカの資料(南伝・なんでん)によれば、紀元前566–486年や、他にも紀元前560–480年頃とする説があります。
この紀元前560年頃(南伝)か、もしくは460年頃(北伝)に、母であるマーヤ王妃が懐妊されたと言われています。
当時、身ごもった婦人は、実家に帰って出産するのが習慣でした。

マーヤ王妃も例外ではなく、その侍者(じしゃ・お付きの人たち)とともに、実家のコーリヤ国に里帰りしました。

実家に向かう途中、ルンビニー園(Lumbini)と呼ばれる庭園のそばを通りがかかり、そこでひと休みしました。
休んでいる最中に陣痛が始まり、王妃は王子を出産しました。
そうしたことから、マーヤ王妃は出産のために実家のコーリヤ国に帰る必要がなくなったので、一行はカピラヴァストゥへもどりました。

つづく。

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