ブッダ物語5 母と懐妊
ブッダの母は、マーヤー(Māyā)と言います。
マーヤーは、「不思議な力」(supernatural power)や、「幻」(illusion)という意味です。
仏教の経典などで、「幻」の意味で使われる時は、真実に対する幻で、あまり良い意味ではありません。
もちろん、ブッダの母であるマーヤーの意味は「不思議な力」です。
ブッダが生まれたことについては、以前お話ししましたが、マーヤー王妃が出産のため里帰りする途中のルンビニー園という庭園で生まれました。
これには、不思議な逸話があります。
ブッダは、マーヤー王妃の体内に宿る前、天上の兜率天(とそつてん, Tuṣita)というところにおられ、そこから、われわれの下界におりてきて、マーヤー王妃の右脇から入ったというのです。
その夢を、マーヤーは懐妊する前に見ました。
夢で、ブッダは、白い象だったそうです。つまり、白い象になって、マーヤーの右脇から入ったそうです。
やがて、十ヶ月がたち、ルンビニーで出産するのですが、その時、マーヤは立ったまま、右脇から母体を傷つけずブッダを生んだそうです。
また、ブッダは、血や汚水に汚されず、清らかであったそうです。
普通に考えても有り得ない話ですが、この伝説には、さらに不思議な伝説も付け加えられています。
母であるマーヤーが、苦しまず、血を流さずに済んだのは、かなり前からマーヤーが斎戒(さいかい)という飲食などの行為をつつしんで、清らかな身心(しんしん)を保ってきたからだというのです。
つまり、夫であるシュッドーダナ王と交わらなかったと言うことです。
処女懐妊(しょじょ・かいにん)です。
私は、キリスト教に詳しくないのですが、聖母マリアがキリストを身ごもった時も処女懐妊だったそうです。
このような伝承は、マーヤー王妃の名前の意味が「不思議な力」であるのと何か関係があるのでしょうか。
マーヤーは、ブッダを生んだ母として、インドなどでは信仰の対象となっています。
しかし、父のシュッドーダナ王は、ブッダが王位を継がなかったことで、悲しみにくれる王として描かれてゆきます。
お父さんは、あまり重宝されないのかも(涙)。
あっ。
キリストの父は、神でした。
つづく。