ブッダの生涯 尼僧

ブッダ物語9 養母と尼僧

ブッダの実の母は、ブッダが生まれて7日後に亡くなってしまいました。

私のような父親目線からみると、母親が亡くなってしまい、父親だけで子供を育てることを考えただけで、泣きそうです。

しかし、当時は一夫多妻(いっぷ・たさい)制、つまり、シュッドーダナ王には、たくさんの妻がおりました。

うらやましい?

いやいや、大変でしょう。そっれはそれで(汗)

それらの妻の一人に、マハーパジャーパティー(Mahāpajapatī)・ガウタミーという女性がいました。

ブッダは彼女に育てられたのです。

実は、この方、女性ではじめてブッダの教団の僧侶(そうりょ)になったひとです。

つまり、はじめての尼僧(にそう)さんです。尼(あま)さんとも言われますね。

彼女は、ブッダを我が子のように大切に、大切に育てました。

先の話ですが、ブッダが悟りをひらいて五年後、彼女は女性たちをつれて、ブッダの教団に入団するために、ブッダのもとを訪れます。

彼女たちはそれぞれが持つ理由で、世俗的(せぞくてき)な生活を捨て、ブッダの教団に入ることを望みました。

彼女たちは三度、ブッダに許しを請いましたが、ブッダは三度ともこれを拒(こば)みました。

それでも、彼女たちはあきらめず、ブッダの後を追いました。

そうするうちに、途中でブッダの弟子であるアーナンダ(Ānanda)に出会います。

この方は、メチャメチャ重要なお弟子さんです!この人がいなかったら、われわれにお経やブッダの言葉は伝わっていないでしょう。

アーナンダは、体はホコリにまみれ、足がはれあがった彼女達を見て、非常に哀れんで、ブッダに彼女達の入団を許可してもらえるよう懇願(こんがん)します。

しかし、ブッダは沈黙(ちんもく)したままでした。

アーナンダはたずねます。

「女性は、悟りをひらけないのですか。」

ブッダは答えます。

「そんなことはありません。女性が悟りを開くことは可能です」

こうして、ブッダは、ついに、女性を入団することを許可します。

ブッダが女性差別?

と思われるかもしれません。

そうではありません。むしろ、女性が入団することで、男性が気を取られてしまうことを恐れたのです。

つまり、男ってすぐ誘惑に負けてしまうから...と思っていらしたのですね(笑)

すでに、ブッダの教団は大きくなり、他にもさまざまな人間関係に関する問題をかかえていたのでしょう。

ブッダの教団にとって、女性は非常に重要です。

女性が、仏教教団に大きな寄付をした伝説は多く残っています。

やっぱり、お母さんがいないと、ダメですね(笑)

つづく

 

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