弁慶が比叡山から引きずってきた鐘【三井寺】
こんにちは。
セイミンです。
今回は、天台寺門宗(てんだい・じもんしゅう)の総本山(そうほんざん)
三井寺(みい・でら)に、お参りしました。
もくじ
三井寺とは
本当の名前は、園城寺(おんじょう・じ)です。
これは、弘文天皇(こうぶん・てんのう)の息子である大友与多王(おおとも・よたの・おおきみ)って人が、天武天皇(てんむ・てんのう)さまから「田園城邑」(でんえん・じょうゆう)をもらいました。
「田園城邑」って、田んぼやお城とかのことです。
つまり、土地や田んぼをいっぱいもらいました。
そんで、「田園城邑」から2字取って、園城寺と名付けられたわけ。
「三井寺」の「三井」については、後程。
開祖は、智証大師(ちしょう・だいし)円珍(えんちん)さん
そんで、後々、天台宗の円珍さんが、この寺の代表になる。
円珍さんは、智証大師とも言われます。
空海(くうかい)さんが、弘法大師と言われるのと同じ。
とにかく、偉い人に間違いない。
ちなみに、智証大師という名前は、醍醐天皇(だいご・てんのう)さまから頂きました。
天皇さまから、名前もらうって、かなりすごいことです。
円珍さんは、比叡山の5代目代表にもなっています。
仁王門【重文】
では、参拝開始!
まずは、仁王門をくぐります。
これ、徳川家康さんから寄進されたもの。
「寄進」(きしん)って、「お寺に寄付」の事ね。
釈迦堂【重文】
門をくぐって、すぐ右に釈迦堂があります。
もともとは、食堂だったらしいです。
ちなみに、食堂は、専門用語で「じきどう」と読みます。
ためになるね〜(もう中学生)
金堂【国宝】
出ました国宝です。
本尊は、弥勒仏(みろく・ぶつ)さま。
現在のお堂は、豊臣秀吉さんが、再建したもの。
でました。またもや戦国武将。
とにかく、デカい。
さすが、みなさんリッチです。
三井の晩鐘【重文】
宇治の平等院、高尾の神護寺(じんご・じ)と並んで、「日本三名鐘」(めいしょう)らしい。
知らんかった〜。そんなん「三大」あるんや(笑)
閼伽井屋(あかい・や)【重文】
ここが、「三井寺」の由来となった井戸。
「閼伽水」(あか・すい)って、仏さまにお供えする聖水です。
ほんで、この水が、天智、天武、持統天皇さまの産湯に使われました。
つまり、三人の天皇さまに使われた。
行った時も、水が湧いて、「ボコボコ」言ってました。
弁慶の引き摺り鐘【霊鐘堂】【重文】
弁慶って、比叡山のお坊さんだったんです。
知ってました?
その比叡山と三井寺は、喧嘩しました。
もともと、三井寺も比叡山の別院(べついん)だったんですが。
「別院」って、支部みたいな感じ。
ほんで、喧嘩の最中、弁慶さんがこの鐘を比叡山に引きずり上げたそうです。
何でそんなことしたんやろ?
すると、鐘が「いの〜。いの〜」と叫んだので、
弁慶さんは怒って、鐘を谷底に投げてしまったそうです。
だから、鐘にはその時の傷が残っています。

ちなみに、「いの〜」は、関西弁。
私も使っていました。
「ほな、いのか」→ 「そんじゃあ、帰ろうか」の意味です。
ということで、鐘は三井寺に帰りたかったのです。
一切経蔵【重文】
ココ、美しすぎてサイコー
お堂のど真ん中に、八角のブックシェルフ(本棚ね)があります。
これに、韓国版(高麗版/こうらい・ばん)のお経が、ぎっしり詰まっています。
めちゃカッコいいです。
またまた、戦国大名の毛利輝元(もうり・てるもと)さんから、寄進されたもの。
本当に、VIPなお寺。
唐院(とういん)【重文】
ここは、円珍さんのお墓があるところ。
唐院って、つまり、中国のこと。
円珍さんが中国留学した時の中国王朝が「唐」だったので、
ほんで、円珍さんは、そこから多くのお経を持ち帰った。
それらのお経がここに収められていました。
だから、唐院って言います。
潅頂堂(かんじょう・どう)
「潅頂」は、 インドの王様が、王位継承の時に、王子様の頭に水を潅ぐ儀式をしたことに由来します。
水= 頂(頂点の「頂」ね)
潅=そそぐ
ですから、ここは、円珍さんの宗派である寺門宗(じもん・しゅう)の密教を伝授するお堂です。
大師堂(だいし・どう)
潅頂堂の真後ろに大師堂があります。
今回は、残念ながら見ることは出来ませんでした。
ここには、国宝の智証大師像と黄不動が祀られています。
黄不動って、黄金に光るお不動さま、マジ最強!
見たいな〜
長日護摩堂(ちょうにち・ごまどう)
護摩堂では、本尊さんを決めて護摩を焚きます。
専門用語では、「焚く」(たく)ではなく、「修す」(しゅす)と言います。
ご飯炊くのと違うから(笑)
三井寺の場合は、本尊さんは、お不動さまでしょう。
黄不動だから。
微妙堂(びみょう・どう)
もともと、三井寺の五別所(ごべっしょ)だったものが、ここに移築されたみたいです。
得意の問い合わせによると、(今回は知人がいましたwww)
五別所とは、園城寺の外部に、5つの寺院があったそうです。
ほんで、この微妙寺と、後で紹介する水観寺が、園城寺の境内(けいだい)の中に吸収されたそうです。
ちなみに、あとの3つは、現在ありあません(廃寺/はいじ)。
文化財収蔵庫
300円です。
絶対行って下さい。オススメです。
円珍さん像もあります♪
これ大好き。センス良すぎ。
展示品はこちらを参照。
毘沙門堂(びしゃもん・どう)【重文】
毘沙門堂は、三井寺五別所の1つだった尾蔵寺(おぞう・じ?)の近くにあったお堂です。
すごく鮮やかでした。
観音堂
観音堂は、西国三十三観音霊場の第十四番目です。
本尊は、如意輪観音(にょいりん・かんのん)さまです。
観月舞台(かんげつ・ぶたい)
ここは、絶好の月見スポットです。
水観寺(すいがん・じ)
三井寺の五別所の1つです。
西国薬師霊場の第四十八番札所だそうです。
護法善神堂(ごほう・ぜんしん・どう)
「護法善神」って、鬼子母神(きし・ぼじん)さんのことです。
鬼子母神は、いつも他人の子を奪って食べていました。
ほんで、お釈迦さんが、鬼子母神の子供を隠した。
そのことで、他人の気持ちを痛いほど知った鬼子母神。
反省…
以後、子供の健康などを守る神さまになりました。
まとめ
今回の旅も雨でしたが、最高の記念になりました。
金堂では、昔の知人と再会し、いろいろ教えてもらいました。
旅は学び、
学んでまた旅、
セイミンでした。
またね〜